2008年12月31日水曜日

ジェフ・ベックの破壊力がピーク!



ジェフ・ベック・グループ 「ベック・オラ」

 ロッド・スチュワートをボーカルに起用したジェフ・ベックグループのセカンド・アルバム。グリーンのアップルがジャケットを占領しているのは、当時のビートルズへの挑戦だったのかも知れない。
 そして、これ以降ジェフ・ベックはアルバムを2枚出すたびにグループを解散するというレッテルをはられることになる。
 1曲目の「All Shook Up」は少しPOPな曲調で、アルバムを通して典型的なブルースから少しPOPよりな曲が多くなっている。そしてロッド・スチュワートのロック・ヴォーカリストとしてのカッコよさは、もう素晴らしいの言葉に尽きる。まさに「唄いっぷり」が凄いのだ。
 そして、このアルバムから正式メンバーとなったピアノのニッキー・ホプキンスの正統派のプレイ。このメンバーはおそらく70年代のロックを引っ張っていける実力は十分に持っていただろう。しかし、どうにも当時のジェフ・ベックのまわりはドロドロしていたらしい。マネージメントが云々ということは要するに「金」の問題がややこしくて、ミュージシャン・シップの高いメンバーがうんざりしたんだろうと思う。実にもったいないことだ。
 しかし後半の「Plynth(water down the drain)」や「Rice Pudding」で聴かれるジェフ・ベック節炸裂の激しい演奏を聴くと、まさに鳥肌もの。このアルバムからストラトキャスターの音もするのだが、ヘヴィということにとことんこだわったような音が感じられる。もし、この演奏のクオリティー、緊張感が現代のデジタルレコーディングされていれば、その生々しさに圧倒されてしまうはずだ。
 もしロックファンであり、ロックの生まれた瞬間に少しでも興味があるのなら、ぜひジェフ・ベックグループのアルバムは聴いてもらいたい。エリック・クラプトンクリームのアルバムや、レッド・ゼッペリンのファーストに匹敵するくらい重要なアルバムだと私は思っているのだが。
 

ジェフ・ベックのブルースロックだ



ジェフ・ベック・グループ 「トゥルース」

1968年、ジェフ・ベックが24歳のときに結成したグループがこのジェフ・ベック・グループ。そのデビューアルバムがこの「Truth」だ。ボーカリストに無名だったロッド・スチュワート、ベースに後にギタリストとしてローリング・ストーンズに加入したロン・ウッドがいた。今改めて聴いてみると、典型的なブルースロックタイプの曲でギターとヴォーカルの掛け合いまであって、録音状態が古いこともあって、演奏自体の加工はほとんどないと思うので、妙に生生しい臨場感がある。
そして、このアルバムはやっぱりボーカルのロッド・スチュワートが何といっても素晴らしい。この後、ロッドはPOPやバラード路線で自身のキャリアを積み重ねており、常に自身をフロントマンとした音楽活動をしていたため、このアルバムのように、ギターのジェフ・ベックとの2枚看板で、ブルースを粘っこく、熱く歌っているのは最初で最後になっている。
そして、やっぱりギターのジェフ・ベック。相当に自由にギターを弾いているように聴こえる。基本的にはヘヘビィーな曲が多いためレスポール主体でありながら、トレブリーな音を出している。また曲のバッキングではボリュームを少し絞ってクリーンな音を出したりもしている。そういうギターのセッティングはやはりさすがスーパーギタリストだと感心する。またブルースナンバーの「You Shook Me」や「I Ain't Superstitious」などではワウを使ったしつこいギターも聴かくことができる。でも、このアルバムをブルースロックとして聴くならばやっぱり「Let Me Love You」や「Rock My Plimsoul」「Blues De Luxe」のベック流のブルースギターとロッドのヴォーカルとの掛け合いが最大のおいしい目玉だろう。 さして今となってはやっぱり名曲になっている「BECK's BOLERO」の美しさや力強さも永遠のものだったことを改めて認めてほしいと思う。

2008年12月21日日曜日

ジェフ・ベックのギターショップへようこそ



ジェフ・ベック 「ギターショップ」

1989年の作品。ジェフ・ベックの時代を切り開いた初期のギターインスト三部作「BLOW BY BLOW」「WIRED」「THERE AND BACK」から、1985年当時の人気プロデューサー・ナイルロジャースと一緒に製作した「FLASH」(ジェフが作った唯一の駄作と言われている。ボーカル曲も普通だし、インスト曲もダンサブルすぎるし。ただ個人的には当時LP盤を買って聴いていたので思い出もあるし、結構好きな曲多い)を経て、久しぶりに発表したインスト作。テリー・ボジオ、トニー・ハイマスとのトリオで作られてこのアルバムは、その後に発表されてアルバムも含めて、他のジェフ・ベックのアルバムとは少し違うニュアンスがある。ジャケットからして、シリアスなものが多いジェフ・ベック作品のなかでアニメチックであり、音自体もアメリカ的というのは少し乱暴か。
 曲自体はスーパードラマー、テリー・ボジオの活躍ですごい緊張感や質感を保持している。そしてトニー・ハイマスのもつシンフォニックをベースにした名曲にして超絶難曲「WHERE WERE YOU」、そして夜中に部屋の電気を消して暗くして聞いてもらいたい「TWO RIVERS」。「永遠」という言葉の感触が味わえるのはジェフ・ベックのバラードの特徴でしょう。
 そして、最後はやっぱりこれだけは知ってもらいたい。テリー・ボジオのドラムセット!たぶん世界最強だと思われます。手と足4本だけでは到底足りないと思われる凄いセットです。見たいかたはYOU TUBEで検索してください。

2008年12月13日土曜日

ジェフ・ベックのゼア・アンド・バックは名曲揃いです



ジェフ・ベック 「ゼア・アンド・バック」

1980年のこの「THERE AND BACK」が発表されたとき、オープニングの「STAR CYCLE」を聴いて「これは、もうこの世界の音楽じゃない、宇宙規模の音だ」と思ったのを思い出す。今聴いても充分、スペーシーな曲で当時の日本人じゃ絶対に出来ない音楽だと思った。

このアルバムは少し今までのジェフ・ベックのアルバムとは少し違う意味合いを感じる。前2作は「BLOW BY BLOW」「WIRED」がギターインストとして、演奏に重点が置かれていたように思う。と言っても曲が悪いわけではなく、テーマ部分があって、ギターソロがあってという曲の形があった。この「THERE AND BACK」では、3人のソングライターがいるのだが、ヤン・ハマートニー・ハイマスサイモン・フィリップスとで作る曲はメロディーが圧倒的に良く、テーマ・ソロ・テーマという単純さでギターソロを楽しむのではなくて、テーマメロディーからジェフ・ベックというギタリストの魅力を楽しめるのだ。

特にお気に入りは「THE PUMP」。ベック自身もまた、多くのフォロファーもカヴァーしている名曲だ。ゆったりとしたメロディーで広がりのある雰囲気がサビになると緊張感というか、微妙な不安感を伴ってソロが続く。そしてそれがいつまでも続くかのような気になる…。アナログ盤ではA面のラストで余韻を楽しむ曲だ。

それから、「EL BECKO」の派手さも良いが、「SPACE BOOGIE」の暴力的なギターも良い。ちなみにこの曲はドラマーのサイモン・フィリップスの曲だが、バスドラムが延々鳴り響く凄いドラムも聴きものだ。
それからラストの「THE FINAL PEACE」。あまり語られることのない曲だが、こういう演奏はやっぱり、それ相応の才能や精神性の高さがないと弾けないよう気がする。またこのトニー・ハイマスの品のいいキーボードとジェフ・ベックのギターコラボは後の「WHERE WERE YOU」や「JB’S BLUES」の続いているんだと思う。とにかく「永遠」っていうことを聴くものすべてに感じさせる演奏だ。

最後に、数年前に大阪ブルーノートにスティーブ・ルカサーをライブを体験したのだが、そのときのドラマーが現TOTOのサイモン・フィリップスで、このアルバムから「THE PUMP」「SPACE BOOGIE」の2曲を演奏してくれました。スティーブ・ルカサーの演奏がメインとはいえ、オリジナルのサイモン・フィリップスのドラムを直に聴けたことに感動しました。とにかくツーバスの音の凄まじいこと!!身長は160cmくらいの小さい身体からあんなにデカイ音が出てくることに、ホントに驚きました。

ワイアードで金縛りだ!


 
ジェフ・ベック「ワイアード」

2009年2月、久しぶりにジェフ・ベックが来日する。世界で最もカリスマ性の高いギタリストで、40年前に今の「ロック」という音楽を作った人なんだけど、たぶんコアなファンしか見にいかないんだろうと思う。2002年の来日のときは見に行った。そして生であの「音」を聴いた。それは夢が現実に存在することを確認できた瞬間だったんだが。

で、最近はジェフ・ベックのアルバムを頻繁に聴くようになった。
特に「BLOW by BLOW」以降のインスト作品を聞くことが多い。このジェフ・ベックの音楽を聴いているともう30年以上前に作品なんだが、全然古臭さを感じない。当然アナログ録音の古さはあるんだけど、リズムのシャープさや、ギターも音色やリズムのユニークさや、何よりジェフ・ベックの感性の部分での演奏だから、もともと流行云々の音楽でないのだから当然だ。

アルバム「WIRED」は1976年、前作の「BLOW BY BLOW」の翌年発表された。前作がギターインスト路線の第1作でビルボードのチャート入りするほどのヒットになったため、急遽作成された感じのあるアルバムだ。しかし、盟友ヤン・ハマーをメイン・ゲストに迎えてのプレイは、ギターVSキーボードのインタープレイを聴かせてくれた。特にヤン・ハマーはマハビシュヌ・オーケストラでジョン・マクラフリンとバンドを組んでいたり、ドラマーのビリー・コブハムのソロでジャズロックの名盤「スペクトラム」でトミー・ボーリンとこの手の音楽をプレイしていたため、ジェフ・ベックが、一緒にプレイしたかったのだろうと推測される。

実際「BLUE WIND」はイントロと、テーマの後はギターとキーボードのソロ回しなんだけど、これがお互いのプレイを煽るように、聴いてるほうの感情も引き込まれてどんどん高くなってしまう。この曲だ30年以上たってもライブでプレイされ続けているのはやっぱりメロディーが単純だけどカッコイイんだよなあ。

オープニングの「LED BOOTS」もとてもスゴイ。イントロのドラムソロから変拍子のテーマになり、そしてジェフ・ベックのソロはブチ切れソロ。これを聴いて「ああ、これがロックギターだ」って思った。
それから続く「COME DANCING」では、ジェフのカッティングギターが聴ける。これもロックギターのカッティングでカッコイイのだ。そしてソロはいきなりオクターバーを使った緊迫感のある素晴らしいソロだ。
そして3曲目はジャズベーシストのチャーリー・ミンガスの「GOODBYE PORK PIE HAT」。ジャズのリズムをブルースに変えて、ねっとりと、そしてギターのトーンもクリーンからディストーション、リングモジュレーターを使ったフレーズまで、ワンフレーズごとに表情を変えるジェフ・ベックらしい名演!

このジェフ・ベックの凄いところはやっぱり「ワンフレーズごとに変えてくるトーン」とフレーズのリズム間がオリジナルなところ。普通の王道フレーズも何かジェフ・ベック流になってるんだよね。
というわけど、今月はジェフ・ベック特集にすることに決めた。

2008年12月1日月曜日

ラリー・カールトン&スティーブ・ルカサーの名盤!



LARRY CARTON&STEVE LUKATHER 「NO SUBSTITUTIONS LIVE IN OSAKA」

2001年の大阪ブルーノートでのグラブギグのライブ盤。そして70年代から始まったあのスタジオミュージシャンの華やかかりし頃の、スーパーギタリストの競演。師匠のラリー・カールトンと弟子のスティーブ・ルカサーと言っていい関係だろう。

収録されている曲は、ラリーカールトンの初期の3曲「DON'T GIVE UP」「ONLY YESTERDAY」そしてラストは名曲「ROOM335」。オープニングはJEFF BEDKの「THE PUMP」でロックなセッション風に始まり、
間にMILES DAVISの「ALL BLUES」をはさんでのたった5曲とはいえ、カラフルな選曲と、右chのスティーブ・ルカサーのギターと、左chのラリーカールトンのダブルギターで非常に充実したライブアルバムになている。そして、ライナーノーツにあるように、お互いが非常に優秀であることはもちろん、その音楽界への功績をも認めあうギタリストによる、非常に「音楽を作る」という意識の高い演奏が聴かれる。

選曲にも現れているが、ラリーカールトンがライブの主導権をにぎっているのだろうが、スティーブ・ルカサーのサービス精神でライブは常にエネルギー溢れるものになっている。そして、この会場の音!この大阪ブルーノートは大阪の北新地の西側、桜橋にあったのだが、今は移転して大阪駅に移っている。この地下にあったライブハウスで実際にスティーブ・ルカサーの単独公園を私は最前列で見させてもらったのだが、あの時のライブハウスの音がそのまんま録音されているのにはビックリした。目を瞑ればまるでその場にいるかのような感覚さえあった。

この素晴らしい演奏、チケット手に入ったのに見に行かなかった自分が悔しいよ~。そしてこのライブアルバムは、グラミー賞を受賞するんだよね。実に惜しいものを見逃したものだ。
でも、このあと見たスティーブ・ルカサーのライブでも「THE PUMP」はしっかり演奏していたし、ドラマーはサイモン・フィリップスで本物が叩いてたことになるし、本当に目の前10cmくらいで、スティーブはギターを弾いてくれたし、握手してピックももらって(自慢!)ホントに気さくないい人でした。

2008年11月16日日曜日

ポール・コソフ、ソウルを揺さぶるヴィブラート…



フリー「フリー・ライブ!」

FREEの「FREE LIVE」である。ロック界で最高のヴォーカリストのひとりであるポール・ロジャースと、カリスマ性たっぷりのギターのポール・コソフ。ドラムのサイモン・カークとベースのアンディ・フレイザーのリズム体は、タイトだけれども、なぜかセクシーさのあるリズム隊で、そこにポール・コソフの泣きにヴィブラート・ギターが絡みつくブルースロック。
とにかく、歌がいい。もちろんボーカルのポール・ロジャースの力量に負うところが大きいのだが、ノリのいい、または覚えやすいメロディーと、ギターのソロも、ヴィブラートでウネウネなんだけど、フレーズ自体はキャッチーなんですよね。
オープニングの「ALL RIGHT NOW」はロックのマスターピースになってしまいました。つづく「BE MY FREIND」や「FIRE AND WATER」、「MR BIG」などすべてが名演と言ってよろしいかと。
ポール・ロジャースについては、フリー脱退後の「BAD COMPANY」での曲のほうが、よりポール・ロジャースらしいかと思うが、ブルースベースドのこのフリーでの曲は、彼のルーツになっていると思う。

また、ギターのポール・コソフは、当時はこのチョーキング・ヴィブラートでスーパーギタリストの仲間入りをしていた、エリック・クラプトンからも「あのヴィブラートはどうやってかけてるの」と聞かれてたりしていたらしい。しかし、ポール・コソフは、フリー解散後はソロアルバムを出したりもしたけど、もう一つパッとせず。若くしてこの世を去ってしまった。

バンド結成時で20歳そこそこのこの渋い演奏はやっぱり、早熟すぎる天才たちのバンドだったという証だんのでしょう。

2008年11月1日土曜日

北島健二から、すべてのギターを愛する人へ~ギターピュア



北島健二 「GUITAR PURE」

北島健二の2001年のソロ作品。80年ごろにあの織田哲郎と3人共ギターのトリオ「WHY」を結成して、一躍有名となった。その後はスタジオワークが中心の、しかしロックギタリスト然としたプレイとその風情の、やはり「ニッポンのロックギタリスト」のひとりには間違いないだろう。
80年ごろに、「反逆のギター戦士ZODIAC」と「ギター犯罪美学」の2枚のソロを出しているが、ギター小僧のみ知る名盤というところか?
このアルバムでは、PCを用いた現代のCD製作を強く感じる音となっている。もともと80年代は「FENCE OF DIFENCE」というロックトリオで、デジタルロックの素晴らしい独自の(それでいてカッコイイ)音楽を作ってきただけあって、パソコンと音楽の関係は良く知っているのだろう。TOPの曲は録音技術的に少しデジタルっぽい音なんだけど、曲によっては、残響音の少ないリアルな音のギターもあり、サウンドの多彩さや音色の持つ表現力の素晴らしさには驚かされる。
また、この北島健二が弾くギターはテクニック的にはもう、ロックスピリッツ満点の完璧はテクニックには間違いなく、それでいて独特の北島節とでもいうべき、リズム感でフレーズを繰り出す。例えば、フレーズが小節の途中で終わって、次の小節の少し前からフレーズをはじめるところが、北島健二らしいところなんです。
時期的には、B'Zの松本孝弘と同時期ぐらいにスタジオの仕事してたのだと思うけど、この人は自分の音楽を表現するのでも、ギタープレイにのみ、そのすべてを注いだんだと思いますね。
曲はハードはプレイも盛り上がるんだけど、「RENDEZVOUS」や「YOU CAN SAY THAT AGAIN」のような少し渋めで、結構弾いてる曲のほうが、味があってよろしいようで。

2008年10月23日木曜日

ヌーノ・ベッテンコートの高いミュージシャンシップ



エクストリーム 「ポルノグラフティ」

EXTREMEの2枚目のアルバムで出世作がこの「PORNOGRAFFITTI」。
初期のエクストリームの代表曲がこのアルバムに収められている。まずは1曲目の「Decadence Dance」。
この頃のエクストリームの曲はホーンが結構入っていて、ゴージャスな感じの曲が多いのが特徴だ。この曲もヌーノ・ベッテンコートのヘヴィだけど、少しハネた感じのリフがカッコイイ曲になっている。ギターソロはもちろん煌くようなスーパープレイで決められているし文句のつけようなし!。その後の「Get The Funk Out」もベースのリフから始まって、これはもうダンスナンバーと言っていいだろう。そしてギターソロはタッピングのキメも素晴らしい名演でヌーノもライブでも、ほぼこの流れでソロを決めている。
そして、アコースティックギターでのバラード「More Than Words」。たぶんこの曲が、エクストリームの最も売れた代表曲なのだろう。とにかくメロディーの立ったイイ曲です。
 ギタリストのヌーノ・ベッテンコートは、黒いストレートのロングヘアーで、エキゾチックな雰囲気が私の好みで、ギタープレイもブルースというよりは、FUNKを感じさせるリズム感でもって、ハードロックといわれるジャンルのこのエクストリームというバンドを、他のバンドと一線を画す音に仕上げている。
 個人的にはソロになってからのヌーノの天才ぶりがすごく気に入っており、ギターが上手いのは当たり前だが、曲そのものがすごくいいんです。ホントに色んなタイプの曲を、あの少しハスキーな声で歌っているのはかっこいいです。また次回はヌーノのソロを紹介しますね。

2008年10月9日木曜日

ロリー・ギャラガー、生涯をブルースに捧げた伝説の男…



ロリー・ギャラガー「ライブ・イン・アイルランド」

名前は知っているんだけど、どうにも縁がなくって聴く機会のなかったギタリストって、案外いるんもんなんです。そのひとりがこの人、ロリー・ギャラガー。ボロボロのストラトでトリオバンドでブルースロックって、モロ好みなんですけど、70年代の後半から80年代のロックがハデになっていく中では、この人の放つ印象は少し地味だったんだな。でも、47歳で亡くなってからロリーの評価を見るとその凄さがよくわかる。

70年代の初めの本国イギリスでのギタリスト人気投票では、エリック・クラプトンを抜いて1位であったとか、ミック・テイラーの抜けたローリング・ストーンズに加入を誘われたのを断ったとか、そういう類の話はホントにたくさんある。そして、この人の場合はライブでの評価が最高に高い。このアルバムも先にでた「ライブ・イン・ヨーロッパ」に続く2枚目のライブだが、このアルバムは録音されたときの状況が違う。当時の北アイルランドは内政問題が深刻化しており、いつ銃撃戦が勃発してもおかしくない状況だったそうだ。なので殆どのアーティストはライブどころか近づくこともしなかったのに、ロリー・ギャラガーは何度もツアーで訪れていたのだ。それはこのCDを聴いてもよくわかる。オーディエンスの盛り上がり方が凄いのだ。

そして、ブルースをベースにした曲と渋くてロックっぽいボーカル、何よりも達者なテクニシャンぶりを披露するロリーのギタープレイが素晴らしい。まずギターのトーンは典型的なアルダーボディ、ローズネックのストラトキャスターのトーンだ。今ではストラトではフロントのピックアップを多用する人が多いが、ロリーのピックアップは基本的にはリアピックアップだ。攻撃的は鋭いトーンでエネルギッシュにフレーズを弾ききる。そしてもうひとつ、スライドバーを多用したソロプレイだ。ここまで自由自在にスライドでメロディーを弾ききるテクニックはホントに凄い。ノリとかスピード感が全く違うのだ。

曲別に紹介しようかなとも思ったけど、1曲目の「CRADLE ROCK」や「tatoo’d lady」その他の曲のすべてがブルース魂のこもった素晴らしい演奏でムダ曲が一切ないんだ。
10代のあの頃に、ロリー・ギャラガーを知っていたら、そしてこのギターをコピーしていたら、素晴らしいギタリストになれたかも知れないなって思ってしまいました。

2008年9月21日日曜日

アルバート・キング、悪い星の下に生まれて…



アルバート・キング 「Born Under A Bad Sign」

「悪い星の下に生まれて」って、このアルバムのタイトルそのまま何だけど、70年代から今にいたるまで、ブルースロックでカバーされ続けてる名曲なんですよ。

このアルバムはアルバート・キングが出したのは1967年かな?音はその時代の音でホーンが入ってたりしてるし、レコードやジュークBOXの時代なんで、1曲1曲が短くカットされてる。それも絶対曲の途中なのに、「時間がきたからハイ」って感じでブちぎられてる曲もありそう。でもアルバート・キングのギターと名曲が聞けるので、絶対においしいアルバムです。
タイトル曲が一番有名だけど、「OH,PRETTY WOMAN」(キンクスの曲ではありませんので)や「THE HUNTER」スロウなマイナーブルースのお手本「AS THE YEARS GO PASSING BY」なども聞き所でしょうか。もう一本のギターはSTEVE CROPPERっていうのも渋い感じですね。

このアルバート・キングって人は、写真で見ても分かるぐらいの巨体で、左利きなんで、左でギターを弾くんですが、普通の人はサウスポー用のギターを弾くのが普通ですよね。(つまり左右逆のモデル)でも、この人は右利き用のギターをそのまま逆さまにして弾いちゃいます。これがどれぐらいスゴイというか、変なのは右利き用と左利き用では、弦の張り方が逆なんで、右利き用では左手の親指側から6弦低い音から下へ1弦高い音に弦がはってあるものなんです。これは左利きのジミ・ヘンドリックスも右利き用をそのまま左でひいてましたが、さすがに弦の1~6弦は左用に張り替えてました。でもアルバートキングはそのまま弾いちゃうんでよね。
昔、子供のころに左利きだけど右利き用のギターしかなかったからそのギターで練習してたらそういうスタイルのなったということなんですが、普通ならまともに弾けないはずなのに、アルバートキング節というほかにない素晴らしい演奏をしているんですから。絶句。(でもブルースの世界ではこういう、変態の人って多いそうです)
この、アルバート・キングは、3大キング(BBキング・フレディキング・アルバートキング)の中で、もっともブルースらしい泥臭さと粘っこい演奏と、後のロックギタリストへの影響度がスゴイので、絶対の抑えておきたいギタリストです。この人のギターを聞けば、スティービー・レイ・ボーンやジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベックあたりまで、その影響度がわかりますよ。
最後に「すべてのロックギターはブルースへと繋がる」

2008年9月6日土曜日

大村憲司、伝説となったサムライ・ギタリスト



大村憲司ライブ「Left-Handed Woman」

このCDの解説の最初に「大村憲司伝説ギタリストだ」と書いてあったので、記事のタイトルに使わせてもらった。70年代から90年代の日本の音楽シーンが進化していく根っこの部分にこの人はいた。

 兵庫県神戸市の生まれで、学生のアマチュアの頃から名の知られたギタリストだった。20歳過ぎで渡米して音楽を吸収して、「赤い鳥」というバンドに加入してプロとなった。「赤い鳥」はあの「翼をください」のヒットで有名なフォークバンドなので意外に思うが、ライブではドラマーの村上ポンタ秀一とブルースやジャズのインプロヴィゼーションやりまくってたらしい。で、お客さんは感心する人もいたけどやっぱり怒ってた人のほうが多かったそうだ。
 その後は「バンブー」「カミーノ」というこれまた伝説のバンド結成後、セッションギタリストとして活躍。坂本龍一、井上陽水沢田研二大貫妙子吉田美奈子などのレコーディングやツアーに参加、YMOの日本ツアーでトップシーンに出た感があった。
 しかし、この大村憲司という人は、決して自分の音楽を曲げぬ人。その音楽性はPOPな部分も多々あるのだが、それも上質のPOP。売れたら良しの子供だましのPOPは一切受け付けない。東京の音楽が嫌になって神戸に帰ったりしている。(結構、神戸に長いこと住んでいたらしい)手前みそで申し訳ないが、この時期私も大阪に住んでいたので、大村憲司に会おうと思えば、また神戸にチキンジョージのライブなどは観ようと思えばいくらでも見られたのだ。なんともったいないことだったのだろう。
 それから、70年代のフージョンブームで少し小難しい曲が多かった演奏が、ブルースやジャズ、R&Bを主体とした実にソウルフルな演奏になっていった。このCDでも、ライブで聴ける大村憲司のギターの、何ともソウルフルに歌っていることか!まさしく「音楽が演奏されている」という実感、生まれてては消えていく音楽をまさしく記憶(recorded)しているとい手触りが感じられる。

このCD「Left-Handed Woman左ききの女」は、どちらかというとフュージュンよりのエキセントリックな演奏だが、対になっている「Leaving Home」はもっとブルースっぽい演奏のライブとなっている。そちらが好みの人もいるだろう。どちらも大村憲司のギターなので、素晴らしい演奏なのは間違いない。フレーズ・音色、タイム感、そしてプレイの表情のつけ方の次元が高い。レベルが違うのだ。難しいフレーズや指が速く動くとかいうレベルを超えた演奏なのだ。(もちろん結構速く弾いているフレーズもあるのだが、サラッと弾いているので、速くかんじない)

でも、1998年11月14日、肝臓病の悪化で帰らぬ人になってしまった。享年49歳。酒の飲みすぎなんだよ!生きていれば来年は還暦の年。素晴らしいギターを聴かせてくれるのは間違いない。

2008年8月29日金曜日

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、現代のカリスマ・スーパーロックグループ



レッド・ホット・チリ・ペッパーズ「STADIUM ARCADIUM」

2006年のレッド・ホット・チリ・ペッパーズの現在の最新アルバム。
2枚組みで28曲、2980円のお買い得アルバムです。レッチリって好きな人は好きだけど、少し癖があるし、昔の「おバカ悪ふざけ」の印象もあって、苦手な人もいてるようです。
しかし、私は実は大好きなのです。初期の「母乳Mathers Milk」がカッコ良くて、ミクスチャーロックと言われているロックの走りだったのがこのレッチリでした。
ファズで歪ませたようなヘヴィーなギターに、スネアを高くチューニングした跳ねたドラム、ファンキーなベースと、最小限のバンド編成でありながら、個々のテクニックが相当なものなので、すごく演奏がカッコいいバンドですね。加えて、CD盤にあるボーナストラックなんかを聴くと、曲になる前のセッション風の演奏でもすごく演奏のレベルやセンスがいいのがわかります。
このアルバムは、ギターのジョン・フルシアンテ復帰後のモンスターアルバム「Californication」やその後の「グレイテストヒッツ」のアルバムでは、もっともロック的であり、また4ピースのバンド的なアルバムになっている。
 この「STADIUM ARCADIUM」のもっとも特徴的なことはとにかく、全28曲中、捨て歌が1曲もないということだろう。全28曲が全て生々しいレッチリ・ロックで素晴らしい曲になっている。とにかく曲がいいので、演奏テクニックが巧いことが目立たない。そして録音されている音自体も良いと思う。実に生生しいのだ。特にドラムとベースの音がライブで聴く音により近くなっている。ジョン・フルシアンテのギターも曲をしっかり支えているプレイで、よく聴くと相当たくさんの音がかぶさっているのだが、メロディーラインと場キングのラインが明確なので、とてもシンプルに力強く聞こえる。
 オススメはやはり1曲めの「Dani California」とそれに続く「Snow」「Charlie」、そして2枚目のラストから2曲めの「Turn It Again」の切なメロディーとジョン・フルシアンテのカッティング、それからサビで激しく弾かれるギターだろう、エンディングでは、一瞬切れてしまったかのような激しさをも思わせるすばらしい演奏だ。これこそロックのカタルシスを感じられるアルバム、通してじっくり聴く事をオススメします。

2008年8月9日土曜日

B’zのTAKの歌心溢れる名盤!



松本孝弘 「Wanna Go Home」

1992年発表のB’z松本孝弘のソロアルバム。
B’zでハードはギターを弾いているので、ソロアルバムもその路線かと思いきや、思いっきり美メロの曲重視のアルバムとなっているのが特徴。
しかし、そのTAKのテクニシャンぶりは充分発揮されているし、何よりメロディラインそのものがTAKの個性なんだと思わざるをえない好アルバムです。(この後のB’zからは洋楽パクリを批判されますが…)

タイトル曲「Wanna Go Home」は今のTAKには珍しくストラトキャスターのクリーントーンでのプレイが懐かしさを感じさせます。決して弾きすぎずに感情をくすぐります。
その後に続く「99」や「Long Distance Call」も美メロの泣き泣きギターで、すっかりセンチメンタルな気分になります。
そして「LIFE Ⅱ」ではガットギターでのテクニカルだけどキレイなメロディーのテーマに続き、ワウ半踏みのギタープレイが絡んできます。「Love Ya」では大盛り上がりの泣きのギターバラードに大黒マキのモダエ声がバックに流れます。
それから、ミュージックステーションのテーマ曲「#1090~Thousand Dreams」でファンキーにギターが歌います。ちなみに#1090はTAKがジャケットで持っているストラトキャスターのシリアルナンバーだそうです。1954製のヴィンテージ、結構初期型です。
Takのソロアルバムは結構、ハードなものが多いですが、このアルバムはB’zが苦手な人でも、女性が好みそうなメロディなので、クルマに一枚積んどけばまちがいないですよ!特に雨の日に似合います。

2008年7月23日水曜日

ラーセン・フェイトン・バンド、暑い夏には80年代AORの名盤を



ニール・ラーセン&バジー・フェイトン「ラーセン・フェイトン・バンド」

1980年のラーセン・フェイトン・バンドのファーストアルバム。この頃のアルバムジャケットって、基本的にはアーティストの顔が映ってるものが多いけど、このアルバムの2人の写真はすごく雰囲気が良くって、当時のベストジャケットのひとつだった。あの頃の雰囲気を表す言葉でいうとすごく「オシャレ」なジャケットだったというべきか。

このラーセン・フェイトン・バンドは、当時の凄腕ミュージシャンが集まって結成されたバンドだけど、ちょっと成り立ちは複雑。バジー・フェイトンは70年代のはじめにフルムーンというバンドで、アルバム「フルムーン」を発表。これが白人のバンドとは思えないほどカッコイイ、ファンク、ソウルフルなアルバムで、知る人ぞ知る名盤となった。そのあとバンドは解散して、新進キーボディストのニール・ラーセンのソロアルバム「ハイ・ギア」「ジャングル・フィーバー」にバジー・フェイトンが参加して、素晴らしい音楽を仕上げる。そして二人がコンビを組んで結成されたのがこの「ラーセン・フェイトン・バンド」だ。
アルバムはボーカルものとインストが交互に半分ずつという変則的なもので、ボーカルはギターのバジー・フェイトンが歌っている。インストはたぶん、キーボードのニール・ラーセンの曲と推測している。独特な哀愁のあるメロディーと、ドラマチックなギターソロが聴ける。

音自体を聞かせるバンドではあるが、あえて言えばこのアルバムのギターソロのハイライトは3曲目の「further Notice」での素晴らしいフレーズか。ラストの「AZTEC LEGEND」もライブでは欠かせない曲で、このラーセン・フェイトン・バンドらしい演奏となっている。

近年、このラーセン・フェイトン・バンドのライブ音源がCD化されたので、さっそく買って聴いたのだが、さすがに録音状態は悪いのだが、演奏のクオリティというか、緊張感はすごかった。この頃のミュージシャンって、録音技術が今みたいに良くないので、CD聴いて「うまいなー」っていう人は、ホントにすごくうまい。演奏もミスピックなんてないし、ピッキングの粒立ちもコンプレッサーかける前からきれいに揃ってるし、何よりバンドのメンバーが、自分達の演奏している曲について深く理解していることがよくわかる。

キーボードのニール・ラーセンは今は音楽業界から引退しているそうだけど、ギターのバジー・フェイトンはまだまだ現役で活動している。いつか、直接そのプレイを見たいギタリストのひとりだ。

2008年7月13日日曜日

レインボー、リッチー・ブラックモアのやりたい放題の自信作!



リッチー・ブラックモアズ・レインボー 「ライジング(虹を駆ける覇者)」

ディープパープルを脱退したリッチー・ブラックモアがエルフのヴォーカリスト、ロニー・ジェイムス・ディオと結成したのがレインボー。当初、リッチーのネームバリューを考えて、バンド名の前に「リッチーブラックモアズ」という冠がついていた。ファーストではエルフのメンバーをそのまま起用し、(といってもギタリストはクビになったが)楽曲中心のアルバムを発表した。
しかし、本作では、ヴォーカルのロニー以外はすべてメンバーチェンジという強引さで、新生レインボーを組みなおした。そして出されたセカンドアルバムがこの「RIZING」邦題が「虹を駆ける覇者
やっぱりこの頃にリッチーブラックモアのイメージどうりでカッコイイ!!

アルバムのオープニングは、幻想的でスペイシーなキーボードソロ。そこへ遠くからフェードインしてくるリッチーの歪んだギターリフ。そして70年代から80年代、レッドツッペリンジョン・ボーナム亡きあと、確実にロック界NO.1ドラマーとなったコージー・パウエルのドラムがバリバリ入ってくる。そしてロニーのヴォーカル。もうこの時期の様式美のハードロックの創世期がまさにここにあります。
それからシャッフルナンバー「スターストラック」のノリの演奏を楽しんであっという間にA面は終わり。

続いてこのアルバムのハイライト、B面の大作2曲です。ふつう、大作ってアルバムに1曲だと思うんだけど2曲入れちゃったところがこのアルバムを名盤にしている所以でしょう。
1曲目の「スターゲイザー」は重いリフと粘りつく、情感たっぷりのロニーのヴォーカルと、ドラマチックな曲の構成、リッチーのプレイもスライド多用してますが充実のプレイ。そして何よりコージーパウエルが叩いてるというのが泣かせます。続く「ア・ライト・イン・ザ・ブラック」はアップテンポの曲で、やっぱりこういう曲が出来るっていうこと自体が、外人ってスタミナあるんだなって思いますね。
ギターのプレイや、ハードロックのバンドでコピーするのは次の「バビロンの城門」のほうがオススメですが、私はやっぱりこのアルバムの「やりたいことやったった感」が大好きです。

2008年7月6日日曜日

チャーのロック度NO.1のアルバムです



Char「MR 70’S YOU SET ME FREE」

日本の現役のロックギタリストで最も色っぽいギタリスト、チャーの2003年のアルバムです。
2003年って、もう5年も前になってるんですね。
自分で設立したEDOYAレーベルを離れて、ピンククラウドサイケデリックスも解散して、再びひとりで「Char」として新しいステージに挑戦したチャーは、最初、メジャーなポリドールでアルバムを出します。チャー44歳のときです。このときのアルバム「I'm gonna take this Chance」と「Char played With and Without」は個人的にはすごく好きなアルバムです。
この頃のアルバムはデビューした頃のチャーと同じ匂いがするんですね。このポリドールのアルバムではチャーは久しぶりに全くの他人の作った曲を歌ってます。これもデビューしたてのころと同じなんだけど、シングルになった「LET IT BLOW」なんて、チャーをリスペクトしてる人が作ってるので、本人が曲を作るときの「テレ」みたいなものがなくって、メッチャかっこいい曲になっているんですね。
でも、全体的に「大人の色気」と少しセンチメンタルっていうかメランコリーな曲が多くて、ハードっていうより、せいぜい「オシャレにファンキー」ってな感じで、チャーもフラストレーション溜まってたんでしょう。
ユニバーサルに移籍して出したアルバムがこの「MR70'S YOU SET ME FREE」。
キーボードなしの、ギターとドラムとベースの3ピースでのアルバムが、実に男っぽいのだ。
その前にオールインストのアルバムを出してたけど、やっぱりチャーはあの独特な声で歌うところもひっくるめて、その姿がロックなんで、ボーカルの入ってるアルバムのほうがオススメです。
で、このアルバムって捨て曲がひとつもないのが凄い。ドラマーは、盟友ジム・コウプリー。ベースはチャーが自分で弾いてるので、ヘビーでリフ中心の曲が多くて、これが70年代ロックな感じになってるんだね。
でも特にかっこいいのがオープニングの「SAVE IT FOR A RAINY DAY」。チャーがするからかっこいいけど、下手なヤツがやっても全然カッコ良くない曲です。
続く「GIRL」のヘヴィーなリフや「SPRITE SPRINTER」の疾走感というかスピード感、ラストのインスト「UNDERHILL DAYS」のエモーショナルなギターソロなど、男っぽいチャーの聴きどころ満載です。
この年、ちょうどこのアルバムのあとのツアーでチャーのライブを見たんだけど、このアルバム中心の選曲で3ピースのバンド編成で、実にカッコイイ、ロックなチャーが見れました。たぶん、今まで何回もチャーのライブは観ましたが、この時が一番充実したライブパフォーマンスでした。
最近はオリジナルアルバムも出してませんし、HPの更新もあまりなくって(更新する事がないってこと?)少し寂しいので、まだまだロックな曲を演奏してもらいたいですね

2008年6月21日土曜日

ロベン・フォードはおしゃれなブルースではナンバー1


ロベン・フォード 「ブルームーン」

ファースト・アルバムのタイトルは「ギターに愛を」だったと思う。モノトーンのLPジャケットで、ラリーカールトンの後釜のポジション狙いだったけど、ラリーカールトンよりずっとファンクっぽい音で、黒っぽい音だった。それがその後、マイルス・デイヴィスのバンドに一時期加入したこともあったりしたけど、明快なブルースミュージシャンとして帰ってきた。

この「ブルームーン」にしてもそうだが、自分で歌うボーカルナンバーと、バリバリ・ギター弾きまくりのインストがほぼ半分の割合。で、このクラスのミュージシャンになるとアルバムごとの出来にあまり差がなくて、よく言えば安定感があるし、悪く言えばマンネリかな。でもこのロベン・フォードのギターも独特のギター・トーンとフレーズのリズム感があって、実にカッコいいソロフレーズを弾く。

もう、3年ぐらいまえに大阪ブルーノートの最前列でこのロベン・フォードのライブを見たのだが、メインのギターは、あのフェンダーのロベンフォードモデルじゃなくて、ギブソンの現行のレスポールstdと、このアルバムジャケの白のテレキャスターを使い分けてました。アンプもあの伝説のハワードダンブルのアンプじゃなくてギブソンのアンプでした。その音がまたでかくて、ちょっと耳が難聴状態になっちゃいましたが、次から次へフレーズを繰り出すそのプレイは、やっぱり本物のプロ中のプロ(当たり前か)で素晴らしいライブでした。

ライブが終わったあとも、楽屋の前で即席のサイン会を開催してくれて、私のこの「ブルームーン」のCDの中ジャケには、ロベン・フォードのサインがバッチリ。握手してくれた手も、ごつくてでかい手でした。

2008年6月8日日曜日

トミー・ボーリン、伝説の天才ギタリスト


トミー・ボーリン「ティーザー」

今や伝説となっているギタリストトミー・ボーリン
たぶん、ほとんどの人はリッチー・ブラックモアの脱退した後、第4期ディープパープルに加入したアメリカ人のギタリストで、来日した日本公演ではほとんどギターを弾かずに帰った人、っていう感じだと思う。

75年のディープパープルに加入して発表した「カム・テイスト・ザ・バンド」のツアーで12月に日本に来たとき、トミー・ボーリンは手を負傷していたそうだ。それで満足にギターを弾けなかったそうだ。
まことに残念。この人がその気になって弾けば、おそろしく神がかりなプレイを生で見れただろうに。

この人の名演と言えばまずはビリー・コブハムの「スペクトラム」マハビシュヌ・オーケストラのドラマーのビリー・コブハムの73年のソロアルバムでの演奏だろう。73年だから、今のような録音ギミックはほとんどなしで、ギターのトーンの生々しさや、演奏のテンションの高さは半端じゃない。キーボードは同じくマハビシュヌ・オーケストラのヤン・ハマー。手数の多いビリー・コブハムのドラムとヤン・ハマーのキーボードの中で、トミーはジャズ・ロックの萌芽をまさしく体現してくれた。このまことにカッコイイ、ロックギターインストのスタイルは、そのまんま御大ジェフ・ベックが受け継ぎ、完成させてくれている。

そして、75年の春に発表したソロアルバムがこの「ティーザー」だ。インストもあるが、ほとんどの曲でトミーが自身でボーカルをとっている。またこの声が、ハスキーどころかしゃがれた声で、実に魅力的なんだ。
ギタリストのソロアルバムらしく、ギターの音は何重にも録音されている。よく聞くとそれぞれが、微妙にリズムやリフ自体を変えている。スライドギターも実に巧くて、また効果音的にも使っている。
そして、曲自体も実にバラエティ。ロックから、マーチ、バラードにボサノヴァ風ジャズ、レゲエにスペーシーなフュージョンまで、しかし全てにトミー・ボーリンのロックなギターが絡んでいる。

バックのメンバーがまたすごい。みな75年当時は新人か、ほとんど無名なんだけど80年になると頭角を現して一流になった人ばかり。まずほとんどの曲でドラムを叩くのがTOTOのジェフ・ポーカロ。キーボードがデヴィッド・フォスター。サックスがデヴィッド・サンボーンで、ゲストでキーボードがヤン・ハマー。ドラムにナラダ・マイケル・ウォルデン。すごすぎる!!

もっともギタリストとしてカッコイイのは「マーチング・パウダー」かな。テーマではブチ切れるほどエネルギッシュなトミーのギターが、ギターソロでは、少ない音数から徐々に自分の中の狂気を引きずり出して、凄く速いパッセージへと展開していくその様は思わず鳥肌モノ。でも、個人的に好きなのはその前のレゲエの曲「ピープル・ピープル」。イントロからギターのカッティングリフでレゲエのリズムを刻み、そのギターに乗ってトミーが歌いだす。この曲が、やっぱりベストだな。

2008年5月25日日曜日

エリック・ジョンソンの極上のギター・トーン


エリック・ジョンソン「未来への扉」

ミュージシャンズ・ミュージシャン。長い間、エリック・ジョンソンはそう呼ばれてきた。地元テキサス州のオースティンでは、すでに有名なギタリストだった。1980年にクリストファー・クロスのデビュー作にして、傑作「南からきた男」のラストの曲「Minstrel Gigolo ジゴロの芸人」という曲で、すばらしく独創的でありながら、美しいソロを弾いたのが、私がメジャーでエリック・ジョンソンの演奏と名前を聞いた最初だった。

それから、しばらく音沙汰なしで、85年ごろにソロ「Tones」を発表。このアルバムは若くて才気に溢れた、そして少しカワイイ曲が多いアルバムだった。それからまたしばらくの沈黙。1990年に出されたのがこの「未来への扉」だ。

スタートから、SF映画のSEのような音、しかししっかりと、エリック得意のハーモニックス奏法で美しいベルチャイムサウンドを聞かせている。それから、一転してぶっといオーバードライブサウンドでのフリーのギターソロ。この1分ぐらいのソロが素晴らしい。基本的にはペンタトニックの音使いなんだけど、ポジションが低音弦から高音弦へ、またローポジからハイポジへ、ラストの高速弦飛ばしピッキングは、ピックと中指の併用で弾いている。ライブでは平気で5分ぐらい引き倒すそうだ。

それから、今ではギターインストの名曲になった「Cliffs Of Dover 遥かなるドーヴァー」が始まる。シャッフルの軽快なナンバーだ。特に中盤の3連のフレーズが印象的。この人の場合、フレーズの微妙な印象を追求するために、スライドにしたり、ハンマリングにしたり、微妙にピッキングの位置を変えたり実にマメに弾き方を変える。
そして、曲が進むとどんどん乗って、すばらしくノリのいいフレーズが、キレイなギタートーンで弾かれていく。このアルバムでのエリック・ジョンソンの音は、ハードなディストーションサウンドも、マイルドオーヴァードライブトーンも、もちろんクリーンなトーンも全てが、ギタリストのお手本とすべきサウンドだろう。

もちろん、プレイも曲もすばらしい。声も良くて、ボーカル曲もいい。とてもカラフルなアルバムだが、エリック・ジョンソンのギタリストとしてのカラーが一本筋が通っているアルバムだ。
エリック・ジョンソンという人は、ギターが好きで好きでたまらない感じがするギタリストだ。その姿勢も富や名声のために練習しているんじゃなくて、ただギターが好きで、自分の音楽を突き詰めている実直なイメージがする。
今から、2,3年前に大阪ブルーノートで、エリック・ジョンソンのアコースティクライブを見る機会があった。エレキではなかったので、弾きまくりではなかったが、その歌はしっかりと聴く事ができた。また。このアルバムにも収録されている「Song for George」を目の前で弾いてくれました。最後に握手したエリックの手は、とても大きく手の厚みが薄い、きれいで繊細な手でした。

2008年5月18日日曜日

ジョー・サトリアーニはロックギタリストのお手本です


ジョー・サトリアーニ「フライング・イン・ア・ブルー・ドリーム」

まさに「完璧ロックギタリスト」とは彼のことを指すのだろう。この場合、「完璧」より「ロックギタリスト」に重点を置いてほしい。当然、超が三つぐらいつくテクニシャンなので、どんなジャンルの曲も全てジョーサト流に弾きこなすことが出来るが、それが全て「ロック」なのだ。

ギターの音色もカラッとした少し粒立ちの粗めのオーバードライブサウンドなんだけど、その音色も彼に完璧にコントロールされたフレーズの中では、究極とか永遠などの言葉を連想させ得るものだ。
ジョー・サトリアーニは、ジャズやフュージュンではなくて、「ロック」としてのギターインストを確立したといってもいいと思う。当然、この分野の先駆者としてはあの偉大なジェフ・ベックがいるのだが、ベックの音楽はロックからジャズにアプローチした音楽であり、お世辞にもPOPだとかキャッチーな曲というわけではなかった。それをジェフ・ベックというギタリストの才能・個性で素晴らしい作品に仕上げていた。

しかし、このジョー・サトリアーニの曲はジェフ以上のテクニックを持ちながら、圧倒的にPOPでキャッチーな曲を、完全なロックとして演奏している。この「フライング・イン・ア・ブルー・ドリーム」もタイトル曲の妖しげなテーマから、全てのフレーズが曲のひとつとなったような演奏だ。
DVDで、ジョーサトがギターを弾く姿を見たが、あのでかい手と長い指がギターのネックの上を蜘蛛のように動いており、もうどんな難しいスーパープレイも軽々弾ききってしまうその姿は、まさに「ギターの神」と呼ぶにふさわしいものだ。
ただ、この人が2000年代になってから、少し以前の勢いがなくなったのは、やっぱりそのすごいプレイが原因なんだと思う。正直言って彼のアルバムはどれも、曲はバラエティーに富み、彼のプレイはスーパープレイなんだけど、「ジョーサトなら、なんでもできる」という思いがあるから、よっぽど何か新しいことにチャレンジしないと、いつも同じ思いで彼のアルバムを聴いているように思う。巧すぎるのも加減の問題かな?

2008年5月7日水曜日

渡辺香津美はメイド・イン・ジャパンを誇れるテクニシャン


渡辺香津美「TOCHIKA」

80年ごろのアルバムかな?このブログは「ロック」がテーマなんだけど、この渡辺香津美はやっぱりジャズ出身なんだよね。でも、あの時代の日本の音楽を作った一人には違いないんで、そういうパイオニア精神はやっぱりロックなんだと思う。

 この「TOCHIKA」は80年代の渡辺香津美の代表作で、アルバム中の「ユニコーン」はテレビのCMでも流れてたので有名な曲だ。この頃の香津美のギターはテクニック的にも最も油がのってる時期で、とにかくメッチャ難しいフレーズでも、簡単にサラッと弾くかと思えば、普通レベルのフレーズもすごいスピード感で弾いてしまう、まさにギターと一体化したようなギタリストだった。ジャンル的にも、とにかく何でも弾けた。ジャズはもちろん、ロックもクラシックもボサ・ノヴァもフラメンコも、ベンチャーズも…。 

 でも、この人の持ち味はあくまでも、ジェントルで、アカデミックな香りのする音楽で、それがすごく好みの別れるところなんだろうなあ。14歳でジャズのリーダーアルバムを発表するぐらいだから(初録音じゃなくて、リーダーアルバム!)才能はあるし、とにかくいつもギター触って、弾いてるような噂も聞くし、きっと才能と、ギターの練習して、いつも向上していく努力(これも、また努力できる才能なんだけど)に恵まれてるんだろうけど、あまりにも巧すぎるのも考えモンですね。

 実は私の好きな渡辺香津美のギタープレイは、1978年ごろの坂本龍一のソロアルバム「千のナイフ」でのタイトル曲と、「エンド・オブ・エイジア」でのプレイ。日本のテクノミュージックの夜明けのようなアルバムで、この曲を聴いたときは、「日本の音楽が世界で羽ばたく。新しい時代が来るんだ」って単純に思ってしまって感動しちゃいました。

 そのあと、渡辺香津美のソロアルバム「KYLYN」でまた坂本龍一&矢野顕子と演奏してます。これも後のイエローマジックオーケストラに続くPOPさをもち合せた好盤で、聴きまくってました。それから、本格的にイエローマジックオーケストラがデビューして、その1979年か80年のワールドツアーに渡辺香津美はサポートギタリストとして参加するんだ。ロンドン・パリのヨーロッパ公演とロス・ニューヨークのアメリカ公演で、テクノミュージックは世界の音楽になっていくんです。そしてこのときの渡辺香津美の演奏は様々な伝説(実話です)を産みます。いわく、あのマイルス・デイビスからグループに誘われた。いわく、香津美の演奏を見ていたパット・メセニーの顔が青ざめてきて、ギターの練習しに急いで家に帰ったetc。
(このライブの演奏はyoutubeで見れますので、興味のある方はどうぞ。絶対ビックリしますから)

でも、この「TOCHIKA」はバックをマイク・マイニエリを中心とした、当時のニューヨークのTOPミュージシャンで固めてるので、ソリッドで緊張感のある演奏が楽しめます。少し突っ込んだ話をすると、曲によって、ドラマーがスティーブ・ジョーダンと、ピーター・アースキンを使い分けているようで、そこのところが、プロデューサーのマイク・マイニエリのこだわりです。
でも、まだ直に彼のプレイを見たことがないので、今度、機会があれば、できるだけ真近で見たいと思っております。

2008年4月24日木曜日

カルロス・サンタナは唯一無二のラテンロックギタリスト



サンタナ「アミーゴ」

1975年のアルバム。やっぱりこのアルバムの「哀愁のヨーロッパ」が日本でのサンタナのイメージなんだろう。泣きのギター。もともとはラテン色の強い、パーカッションをバックバンドに従えた、それでいてブルースにきちんと根ざしたロックからスタートしたカルロス・サンタナは、「キャラバンサライ」などのアルバムでは、アフリカの砂漠をイメージするスピリチュアルなアルバムも発表していた。
しかし、この「アミーゴ」では、横尾忠則の東洋サイケデリックでスピリチュアルなアルバムジャケットがよくその内容を表しているように、非常にソウルフルで、集中力の高い演奏を聴かしてくれる。

「哀愁のヨーロッパ」での静かに語りかけるようなプレイから、グーッと盛り上げて最後の泣き叫ぶようなギタープレイはロックギタリストなら一度は弾いた経験があるだろうほど有名なプレイだ。
サンタナのインタビューを見たことがあるのだが、その中でサンタナは、
「ギタリストが世界中に100万人いるのか1億人いるのかは知らないが、その音を聴いただけで誰かわかるのは100人だけだ。音こそが個性なんだ。それは指紋と同じで一人ひとり違うものだけどそれを表現できるのは、世界で100人だけだ」と語っている。
この言葉どおり、サンタナの最も特徴的でオリジナルなものはやはりその“ギタートーン”だろう。近年の「スーパーナチュラル」や「オール・ザット・アイ・アム」などでも、畑違いのボーカルや曲想でも、ギタープレイを聴けばすぐにサンタナだとわかる。このギターの音色こそがサンタナのアイデンティテーなのだ。
また、ギタープレイのテクニックについても、
「速く弾いても誰もノッてくれない。特に女の子にはモテない。ゆっくり優しく、そしてリズミックに弾いてらるんだ。それからロングトーンで音を伸ばす。音を伸ばしている間に観客が興奮してくるのがわかるんだ」とも語っている。つまり、サンタナは確信犯なのだ。あのプレイはだからこそ、サンタナだけのものなのだ。

2008年4月14日月曜日

スティーヴィー・レイ・ヴォーン、テキサスのブルース魂は今も生きている



スティーヴィー・レイ・ヴォーン「テキサス・ハリケーン」

もっと早くに生まれてきて欲しかった人であった。(この微妙に過去形なところが哀しいな)
80年代、ロックの主役が、キーボードなどのデジタルな楽器にかわりつつあるところに、
デビッド・ボウイーのR&B色の濃いアルバム「レッツ・ダンス」で、ほとんど無名のギタリストが
リードギターで参加した。そのトーンはオシャレ系のスタジオミュージシャンや、派手な技をひけらかしていたロック系のギタリストとはおよそかけ離れた、音数の少ない、しかしすごくソウルフルなギタープレイだった。スティーヴィーが「POPの曲にどう弾けばわからなかったので、アルバート・キングのようにプレイした」と語っていたように、そのプレイは、今では主役のボウイを差し置いてこの曲の顔になっているように思う。

このあと、スティーヴィー・レイ・ヴォーンは、自身のバンド「ダブルトラブル」とともに、メジャーから
テキサスフラッド」でデビューする。ファーストアルバムが、ブルースのカバーもあるシンプルな音ゆえの
迫力があったのに対して、このセカンド「テキサスハリケーン」では、曲そのものがカラフルで、かつその曲を演奏しきっているスティーヴィーの豪腕が最大の聴き所だ。
1曲めのインスト「スカットル・バッティン」の開放弦を多用したメインフレーズなど、ちょっと聴くだけでは、何とか弾けそうだが、実際はあのスピード感はなかなかすごいものがある。それをスティーヴィーは、ライブではパイプ吹かして、余裕で弾ききってるのだから、おそろしい。

そして、スティーヴィーはボウイのアルバムで聞かせたような音数の少ないギタープレイヤーではない。
ボロボロになったストラトキャスターに極太ゲージの弦(6弦はベースの1弦ぐらいあるそう)を張って、
チョーキングをバリバリして、ピッキングニュアンスの強い、抑揚のあるプレイをしている。
ジミ・ヘンドリックスの曲をカバーすることも多くて、このアルバムでも「ヴードーチャイル」をカバーしている。そのほかにも「リトルウィング」のカバーもあって、どれもオリジナルのジミに負けず劣らずの名演だと思うのは、私だけではないはずだ。

そのほかにも、ジャズへの造詣も深くて、このアルバムのラスト曲もジャジーな曲だし、モロにケニーバレルの曲のカバーもしている。

この男が、あと10年早く、シーンに登場してくれたら、私の迷う事なき最大のギターヒーローになっていただろう。この男のフォロワーになって、ブルースの世界にどっぷりつかり、音楽だけを見つめてミュージシャンを目指していたかもしれない。それぐらい、この男の音はギター弾きの魂を捕らえて離さないものがある。しかし、、、ホントにあっけなく死んでしまった。ライブ会場を移動中のヘリコプターの事故でなくなったんだ。1990年の8月かな。これは結構、応えました。この次日本に来たときは絶対に生で見ようと思ってたのに、結局、来日は1回だけかな?最後のスタジオアルバム「イン・ステップ」はまた、今度取り上げます。

2008年4月5日土曜日

スティーブ・ヴァイ、現代最高の究極のギタリスト像


スティーブ・ヴァイ 「パッション&ウォーフェア」

アルバムのジャケットが全てを物語っている。中央に立つスティーブ・ヴァイのまわりにはエンジェルが飛び交っているが足元には炎が立ち上がり、天国と地獄にまたがったギタリスト、スティーブ・ヴァイの右手からは光が、左手からは炎がマジックのように立ち上っている…。

このアルバムは1990年に出たアルバムだが、今聴いてもすでに18年も経っているとは思えないほど、最高にテクニカルで、エモーショナルかつヴァイ独特の語法による表現力に溢れている。
テクニック的には、タッピングや、スウィープピッキングやアーミング、超ド級の速弾き、7弦ギターの導入などなど、述べるべきポイントは多いのだが、何よりこの人のすばらしいところは、その表現力の高さだろう。
当然、個性的な節回しはあるのだが、この手のインストアルバムの成功の鍵は、曲のメロディーの良さである。そして、ギタリストの表現したい世界観がしっかりしているか、ということ。

この二つの点でスティーブ・ヴァイの「パッション&ウォーフェア」は名盤になり得たのだろう。
1曲目の「Liberty」から、伸びやかで希望に充ちたメロディーを高らかに歌いあげる。それからは、怒涛のヴァイ・ワールドの曲が次々と流れる。ヴァイのギターは中域の音をバリっとスーパーオーバードライブでブーストとさせた特徴的な音だ。そしてヴァイの感情を見事に表現している。

当然、スティーブ・ヴァイのアルバムの7曲目はパワーバラードに決まっている。
このアルバムの「for The Love of God」はヴァイの名演中の名演と言ってもいいだろう。
神々しいとまで、言っても過言ではないほどの高い精神性を感じるのは私だけではないだろう。
当時のインタビューでヴァイはこの曲をレコーディングする前に、精神的な部分を表現するために、
絶食をして、飢餓の状態に自分を置いて演奏したとのこと、天才はまさに恐るべし。

今では、この人の映像はネットでもDVDでも見ることは出来るのだが、(音楽誌ヤングギターの付録DVDでも見られるぞ)、レコーディングだけでなく、ライブでもあれほどのハイテクニックなギタープレイを見せてくれるのは、本当に奇跡であり、幸福であると思っている。

2008年3月28日金曜日

TOTO、80年代のテクニカルアメリカンハードロック!



TOTO 「宇宙の騎士 TOTOファースト」

1978年か79年のアルバムだと思う。当時は今まで裏方だったスタジオミュージシャンが注目を浴び初めていた時代で、LAのスタジオギタリスト、ラリー・カールトンがソロアルバムを発表して、クロスオーバー・ミュージックからフージョンと呼ばれる音楽が人気を博していた時代だった。
クロスオーバーとはロックとジャスがクロスした音楽、フージョンはロックとジャズが融合した音楽を指していたが、当初はクロスオーバーはロックよりのガツっとした音楽(マハビシュヌ・オーケストラやジェフ・ベク、コロシアムⅡなど)を指していたが、フージョンはもう少しジャズよりの音楽を指していたように思う。
いずれも、基本はヴォーカルなしのインスト音楽が主流だったが、ニューヨークのスタジオニュージシャンが集まって結成されたSUTAFFがR&Bを基本としたSOULフルな音楽で好評を得た後に、LAの若手スタジオミュージシャンで結成されたのがこのTOTOだ。
しかし、このバンドはインストではなく、ヴォーカリストを擁してアルバムを発表した。スタジオでのフラストレーションを発散するような明快な(単純という意味ではない)なロックアルバムを作ってデビューしたのだ。
このアルバムの最もオススメな点は、曲のメロディーだろう。とにかくメロディーが良くて覚えやすくてキャッチーと言ってもよいほどだ。スタジオニュージシャンの難しい玄人受けする音を期待していたら、真逆の音が出て感じだ。
メンバーはリーダーのドラムスのジェフ・ポーカロとキーボードのスティーブ・ポーカロのポーカロ兄弟、そしてPOPで曲作りの才豊かなキーボードのデビッド・ペイチ、ベースのデヴィッド・ハンゲイト、そして、ギターヒーローと呼んでもいいだろう、スティーブ・ルカサーだ。
メンバー全員、20代だと思うが、キャリア・実績ともベテランの域だ。78年から85年ごろのアメリカの音楽、特にLAのロック系のアルバムで彼らのクレジットは凄まじい数だったと思う。
ボズ・スキャッグスの「シルク・ディグリーズ」「ダウン・トゥー・ゼン・レフト」そして「ミドル・マン」
は当たり前として、スティーブ・ルカサーのゲストの名演を上げればアース・ウィンド・ファイアーやレィ・ケネディ、オリビア・ニュートン・ジョンなど、どれも音を聞けばすぐにルカサーとわかる音だった。
美しいオーバードライブ・トーンで、ロング・トーンに揺れ幅の大きなヴィブラートをかけるフレーズ、早く弾くフレーズは、クロマチック(半音)的な動きで、ギターのネックをローポジからハイポジへ高速でチェンジしていく。そして、3弦と1弦でインターバルのある音でのフレーズで切なさを盛り上げる…。
たぶん、テクニックとか、音楽の旨みの部分だとか、何よりも、「音楽」というモノを作りあげる職人としてはとてつもない力量をもったギタリストだと思っている。

私は大阪のブルーノートで、スティーブ・ルカサーのギターを弾く姿をすぐ近くで見た経験がある。(ちなみに握手して、ピックももらいました!)「TOTOⅣ」でグラミー賞を獲る直前の81年の来日公演を大阪府立体育館で観た思い出を持つ自分としては、スリムでカッコよかったけど、遠くて小さくかったスティーブ・ルカサーが、目のまえで(最前列のテーブルに座っていた私の目の前に、左手を持ってきたので、実測5cm!)リラックスしてありったけのテクニックを使って、観客を楽しませてくれた。本当に、アメリカの、西海岸の、カリフォルニアの、明るい、そしてプロフェッショナルなギタリストだ。

最後にこのアルバムの私なりの聞きどころは「you are the flower」の変調の多いバックに合わせてスリリングに、そして流麗に弾くルカサーのソロと、名曲「HOLD The line」の日本人なら感じちゃうメロディーだと思う。TOTOの思い出は色々と尽きません。

2008年3月18日火曜日

ゲイリー・ムーアの泣きのハードギターだ!



ゲイリー・ムーア「スティル・ガット・ザ・ブルース」

このゲイリー・ムーアという人のキャリアって本当に紆余曲折なんよね。

初めてのメジャーはよく覚えてないけどシンリジィあたりかな?
やっぱり70年代後半のハードロックの波の中で、ギターヒーローとして出てきました。
でも、そのまえにジョン・ハイズマンやドン・エイリーと組んだ「コロシアムⅡ」での、
ジャズ・ロックの演奏が、実は個人的には大好きです。「ウォーダンス」の一曲目での変拍子のリズムに合わせてのメインメロディーのノリと、ゲイリーのソロの前で、少し音数が減って、その微妙な緊張感がたまりません。そこへゲイリーの熱い熱いソロがぶち込まれます。あーカッコイイこと!!

そして、ソロになってからは、自らボーカルをとってのハードロックのアルバムを次々と出していきました。
この人の場合は、やっぱりハードロックといっても、70年代のブルースロックをルーツにしてるので、
ハードに速弾きしても、どこがで粘りが出ます。だもんで粘るチョーキングのロングトーンの力の入り具合は相当なもんでしょう。ビデオなどの映像で見る限りでも右手のピッキングの強さとか、正確さ、音の鋭さ、それに左手のフィンガリングの指の強さなど、すごいテクニックで、やっぱり日本人と違って「肉、食ってるぞーっ」というのがよくわかりますね。

そんなゲイリー・ムーアが90年代に入り、ブルース・ハードロックがさすがに子供っぽくてイヤになったのか、ブルースのアルバムを出しました。それがこの「スティル・ガット・ブルース」です。
発表されたときは、ブルース・ブームもあって、でもスティーブ・レイ・ボォーンは死んじゃうしで、そんなときに、あのゲイリーがとってもわかりやすいブルースアルバムを出してくれたので、アメリカでは大受けした記憶があります。世のベテランギタリストが「この手があったのか!」と思ったとか。

ブルースのカバーとオリジナルが半々ぐらいなんですが、当時としては、ロックファンにとってはわかりやすいブルースアルバムで、私は好きでしたが、コアなブルースファンは結構嫌がってました。
でも、ゲイリーはこの後もこの路線(ブルース回帰)を結構続けていて、何度が変な方向のアルバムもありましたが、基本は今も、この感じですね。

しかし、この人はいま、こういうブルースロックで弾かせたら、敵なしのギタリストになってしまいましたね。ホンとに激しい音も、小さい音も、全ての音に魂を宿せる究極のギタリストに近づきつつあります。
他にもいっぱいイイアルバムがあるので、また紹介したいですね。

2008年3月15日土曜日

イーグルスの「ホテカリ」こそオヤジロックの始祖です


イーグルス 「ホテル・カリフォルニア」

ウェストコーストのサウンドがサーファーの間ではやりだしたころ、このイーグルスも最初はカントリーの影響の強いバンドとしてスタートした。そしてギターにドン・フェルダーが加入する。このアルバムの前のアルバム「呪われた夜」のギターサウンドは、粘る粘る極上のオーバードライブサウンドで、それまでのフェンダーギターのカラっとした音とは全く対照的なレスポールによるブルージートーンだった。
このドン・フェルダーというギタリストはイーグルスでの活動しか印象がないが、そのギタープレイは、メロディアスでありながら、とても変則的な運指やポジション移動で、とても個性的なギタリストだ。

そこへ、アメリカンハードロックのジェイムスギャングの看板ギタリストのジョー・ウォルシュが参加する。そして生まれたのがこの「ホテルカリフォルニア」だ。

完璧にチューニングされた12弦ギターのイントロからはじまるタイトル曲「ホテルカリフォルニア
もっともメインの曲を1曲めに持ってくる潔さも凄いが、なんともストーリー性を感じさせるこのイントロのアルペジオの切なさ。レッド・ツェッペリンの「天国への階段」と双璧をなす、ロックの名曲のイントロだとおもうのだが、どうだろう?

そして、ドン・ヘンリーのハスキーハイトンーンの歌が終わるとエンディングのギターソロへとなだれ込む。ドン・フェルダーのソロを引き継ぐようにジョー・ウォルシュのギターソロとなり、最後はツインギターでのハーモニーでこの曲はフェードアウトしていく。まさに完璧な曲であり、時間を忘れさせる音楽のマジックを堪能できる曲だ。

そのほかの曲もよく、続く「ニュー・キッド・イン・タウン」でほっこりして、「駆け足の人生」でジョー・ウォルシュのアメリカンロックの影響を感じつつ、B面のハイライトは「暗黙の日々」のスライドギターと絡むハードなギターかな。とにかくギターの「良い音」の見本がいっぱい詰まってるアルバムです。

2008年2月28日木曜日

アル・ディメオラは高速ギター・フルピッキングマシン



アル・ディメオラ「エレガント・ジプシー」

75、6年ごろのアルバムだっかたな。このアルバムが出てから、速弾きギター=アル・ディメオラ
公式が成立した。当時は何を聞いても「速い、凄い」とかしか感じなかった。でも、改めて聞いてみると、
この人のテクニックの凄さって凄まじいこのがある。今聴いても、充分すぎるくらいの「速弾きギター」で
あるが、滑らかさを求めてるスピードではなく、ほぼ全ての音をフルピッキングするその正確さがこの
スピード感を生んでいるのだ。それも、ミスピッキングなしで、リズムも乱れもなくて、16分から、
5連音符や7連音符まで、自由自在のピッキングとフィンガリングで、陶酔の世界へと聴くものを誘います。
そして、メロディーの押しのと引きもバッチリで、超速弾きとチョーキングでのロングトーンとの絶妙の
バランス、メロディーはスパニッシュの情緒あふれる泣きべそメロディーなら、聴きこむほどに、その
世界に入り込みます。曲で言えば、激しいエレクトリックギターのナンバー「スペイン高速悪魔とのレース」
がメインとなるのでしょうが、後のスーパーギタートリオでのライブで定番となった、同じくパコ・デ・
ルシアとのアコースティックギターのデュオ「メデトリアン・サンダンス(地中海の舞踏)」が最も印象に
残るナンバーとなっている。他にも「ミッドナイトタンゴ」の妖しく切ないメロディーを甘い音色のギター
で弾いてみたり、オープニングの曲目からヤン・ハマーのシンセにケンカを打ったようなプレイをしたりと
ホントに聴き所の多いアルバムで、メロディーや曲想のバラエティーも豊かでこういうアルバムがやっぱり
名盤といわれるのでしょう。それとアル・ディメオラの強みって、速弾きだけじゃなくて、アコースティックギターの巧さのほうが際立ってるような気がします。

2008年2月24日日曜日

ディープ・パープルのハードロックの教科書



ディープパープル「マシンヘッド」

初めてディープパープルを聞いたのは、姉が夜中にラジオから録音したラジカセから流れてきた「ストレンジ・カインド・オブ。ウーマン」だった。この曲は少し日本人好みのメロディで、まだ子供だった自分でもなぜかカッコよさっていうのはわかっていた。そのあと、ライブで「ハイウィイスター」を聴いた。すぐに「ブラックナイト」や「スモーク・オン・ザ・ウォーター」がお気に入りのナンバーになった。
ディープパープルの曲はリフがまず始めにあって、覚えやすくてホントにカッコよかった。
そのころからギタリストのリーチー・ブラックモアが、その名前といい、立ち居振る舞いといい、ロックギタリストのあるべき姿として、憧れになっていった。
ロックと、アドリブで弾くギタープレイの狂気のギター。凄かった。当時はあまり映像で外国のロックバンドを見る機会がなかったけど、第3期のパープルの「カリフォルニアジャム」のフィルムが結構、上映されていて、そこでみたリッチーのギター、まさに神のごとく、ギターのネックの上を左手の指が踊っていて、「あれがロック・ギターなんだ…」と、ホントに溜息ばかりだった。(今でもそうだけどね)
このアルバムは、スタジオ盤で「ハイウィイスター」「スモーク・オン・ザ・ウォーター」ていう2大有名曲があるけど、「レイジー」でのハイテク3連音符のスムーズさとか、ライブでの定番「スペーストラッキン」のイアン・ギランの金属質なハイトーンヴォーカル、それとパープルには珍しいPOPな「ネヴァービフォア」や、隠れた名曲「ピクチャーズ・オブ・ホーム」や「メイビー・アイム・ア・レオ」の渋いリッチーのギター・プレイなど聴き所がいっぱいですね。まさにハードロックがはじまったアルバムです

2008年2月16日土曜日

ニルヴァーナ、90年代最高のロックスター




ニルヴァーナ「ネバー・マインド」

バンド名がすでに「涅槃」なんだから、
カート・コバーンの自殺も必然があったのかも知れないというと、
ファンの方たちは怒るだろう。

私は、70sからのロックファンなので、最初はこの「グランジ」なる音が
よくわからなかった。
だから、少し遅れてこのニルヴァーナが大物になってから、
この「グランジ」なるロックを認識することになった。つまり「乗り損ねた」というわけ。

思うに「グランジ」の音はロックの最も「骨」に近い部分の、
非常に暴力的な衝動が、具体的に音に反映されたものだと思っている。
ファッションとしてのロックではないのに、それでも「グランジ」は
ファッションとなった。
ロックスターにはなりたくなかったのに、スーパースターになってしまった
カート・コバーンそのものだと、つくづく思う。

でも、グランジっていうことじゃなくても、
このニルヴァーナのバンドとしての音は
カートの才能によるところは大きいだろうが、ずば抜けて曲がいいと思う。
また、詩もあまりにも哀しくて、パンクの暴力が暴動のようなエネルギーを
持っているのに対して、このバンドの詩は絶望の中の、最低の場所からの
生きるための最後の力での暴力、デッドラインのエレルギーを感じる。

それにしても、このギターの凄まじいディストーションは破壊という言葉そのものだ。
あまり元気のないときには、思いアルバムです。
真剣に生きなきゃっていう気持ちの時には、最高です。

2008年2月14日木曜日

ジミヘンドリックスの凄みを感じて欲しい



ジミヘンドリックス
「バンド・オブ・ジプシーズ」

ジミ・ヘンドリックスは、スタジオアルバムは、結局3枚しか出していない。
自分のバンド、エクスペリエンスを解散した後に、ジャズ系のドラマー、
バディ・マイルスとトリオのバンド「バンド・オブ・ジプシーズ」を作った。
そのライブアルバムがこのアルバムだ。

ジミはスタジオ盤こそ3枚だが、ライブアルバムの多さは同時代のミュージシャンでは、
断然多い。たぶん私の推測だが、ジミのライブを見ると、記録してその凄さを誰かに、
まだ、その現実に触れていない者に知らせなければいけない気がするのだと思う。

このアルバム「バンド・オブ・ジプシーズ」は
私が初めて買ったジミ・ヘンドリックスのLPアルバムです。
当時もアナログ盤はこれじゃなくって、サイケはジミの人形が写ってた記憶があります。
このジャケットと同じレコードもあって、それはたしか「クライ・オブ・ラブ」っていう
タイトルだった気がします。(記憶は曖昧なのだ)

このアルバムを選んだ理由は、アナログ盤ではA面の2曲がカッコいいと聞いたからだ。
そして、実際にカッコいい。いや、カッコいいじゃなくて、凄いのよ、その存在というか、
音、そのものが。リアルなんだけど、よくわからない。けど確かにそこにあるっていうことが
わかる音。ジミがギターを弾いているっていうことが感じられるっていうことです。
それも、ホントにすべて即興でやってる。感じるままにギターを弾いて、
それが音楽になっちゃうひとなんです。

カルロス・サンタナがジミ・ヘンドリックスのことを
「とびきり上等の“火星人のブルース”を弾く奴」と言ってたのを聴いて納得です。
ジミのことは、いっぱい書きたいけど、頭の中もいっぱいなので、
また小出しにして、記事書きますネ。

2008年1月19日土曜日

チャー、日本のロックギタリストNO.1


チャー「チャー」

チャーのファーストアルバムである。
20歳でデビューしたときのファーストアルバムがこれです。時は1975年。
このアルバムが1975年の日本で20歳のギタリストが作ったことを考えると、
チャーが「天才」と言われたことは当然のことだと思われる。

歌詞は英語と日本語が半々で、リズムも歌謡曲やフォークじゃなくて、外国のオシャレっぽいリズムだし、
ギターはバリバリ、カッコよくて、その上、個性的だし、ルックスはいいし、
女の子も、男の子もはまりましたね。

それにこのアルバムは、ファーストだけあって、バックのメンバーもチャーが集めた
ドラムとベースの凄腕だし、
1曲目の「シャイン・ユー・シャイン・デイ」や、名曲「スモーキー」の
ギターソロでは、それこそみんなのけぞってしまいました。

それと、当時はテレビにもチャーは結構でていて、
生放送でも、ギターをガンガン弾いてくれてました。その頃はこんなにテレビで
アップでギターソロの手元が写ることはなかったので、ホント、興奮したのを覚えております。

でも、チャーって、今でももちろん現役でアルバム出してますよ。
年相応にはなってるけど、ロックのカッコよさは体現してますよね。
ライブも、たまに見に行くけど、ヘビーなリフや、カッティングやら、相変わらずの
ギター小僧で、「こういうオヤジになりたいなー」って思ってしまう、ホントに憧れの人です。

2008年1月18日金曜日

レッド・ツェッペリン、最も偉大なロックバンドのデビューだ!



レッド・ツェッペリン「レッド・ツェッペリン・ファースト」

1969年にレッド・ツェッペリンのこのアルバムが発表されたことを、21世紀の今想像すると、そのショックは相当なものだろうと思う。当時のロックシーンはビートルズが解散間際であり、その完成されたポップミュージックゆえに、メンバーの緊張が高まっていたころであり、そのタイミングでより自由なブルースフィーリングの、真に「ロック」と呼べる音を出すバンドが出現したのだから。

ギターのジミー・ペイジはヤードバーズに在籍していたとはいえ、まだ成功しているとはいえない状況だし、ベースのジョン・ポール・ジョーンズ(案外、この人のミュージシャンシップがZEPの音楽性を支えていんだと思う)もスタジオの仕事をしていたようだが、ドラムスのジョン・ボーナムも、ボーカルのロバート・プラントも、殆ど無名だったことを考えれば、このバンドの出現は本当に奇跡だった。しかし、この奇跡が現実になったことで、「ロック」という音楽が生まれ、世界中で何億人、いや累積では何十億人という人々の魂にその熱い音が届けられたんだと思うと、このアルバムは本当に貴重なアルバムだ。

まず、1曲目の「グッドタイムズ・バッドタイムズ」でドラムスのジョン・ボーナムの暴れっぷりを聴いて欲しい。続く「ベイブ・アイブ・ゴナ・リーブ・ユー」でのリリカルなロバート・プラントのボーカルに聞き惚れていると、「ユー・ショック・ミー」でジミー・ペイジのブルース・ギターを堪能し、そのまま「DAZED AND CONFUSED~幻惑されて」このアルバムのハイライトになだれ込む。

「ブラック・マウンテン・サイド」でのアコースティクギターでのプレイはジミーペイジの本領発揮と言ったところであり、ウィリーディクソンのカバー「アイ・キャント・クワイエット・ベイビー」では、またZEP式のブルースが聴ける。

そして最後の「ハウ・モア・メニー・タイムス」のリフはまるで、このバンドのテーマソングのようなリフだ。まさにこのアルバムから、レッド・ツェッペリンの歴史が、そして「ロック」という音楽が生まれたんだと思うと、すべての音を聞き逃さずにはいられなくなる。

2008年1月13日日曜日

エリック・クラプトン、ギターの神様のセクシージャケット!



エリック・クラプトン「エリック・クラプトン・ライブ・ワズ・ヒア」

エリック・クラプトンの70年初め頃のライブアルバムだ。

70年代って、ライブアルバムが結構、出てたんだ。
今みたいに、プロモビデオがなかったから、バンドが売れようとしたら、
ライブツアーに出て、直接、ファンに自分達の音楽をとどけなくちゃいけなかったんだ。
だから、録音技術に頼ってて演奏レベルが高くないバンドは、ポっと出てすぐ消えちゃう。
反対に、演奏技術の高いバンドやミュージシャンは、地方から火がつくように売れていく。
また、本当に個性的で巧いミュージシャンは、他のバンドからの引き抜きも多かった。
それが、「仲間をとるか、自分のためにもっと上にいくか」っていう葛藤になるんだ。

で、話をもとに戻すと、このアルバムを初めて見たときは、まだレコードだったんだけど、
手にとって、恥ずかしかったんだけど、我慢できず裏返してしまいました(笑)。
で、どうだったかは、ご想像におまかせします。

でも内容はどっぷりブルースのアルバムですね。ブルース好きにはたまらないアルバムでしょう。
エリック・クラプトンのアルバムのなかでも1,2を争う、どブルースあるばむです。

昔、人に借りて聴いたんで、このアルバム、CDで発売されてるんだったら、欲しいな。

ギターの神様の現在形


エリック・クラプトン「クラプトン・クロニクルズ」

エリッククラプトンのベストアルバムを紹介する。

エリック・クラプトンという名前はロックギタリストの代名詞と言っても過言ではない。
この人が60年代にロックギターの形を作ったのだ。
今、エレクトリックギターを弾いている人は、何かしらの形でエリック・クラプトンの影響があるはずだ。
その神様も70年代になって、原点回帰し、アメリカの南部のレイドバックした音楽を表現していく。

それから、80年代から90年代になると、オヤジパワーがまた炸裂して「いい曲」を歌うようになった。
ギタリストから、ミュージシャンに。ギターテクを聞かせるんじゃなくて、曲そのものを聞かせるんだ。
そんな「いい曲」が詰まったアルバムだ。

特に1曲目から4曲目までが、ホントに素晴らしい。
まだ子供が小さかったころ、休日に家で子供と遊んでるときに、このアルバムをかけてたんだけど、
その時に、自分の心になかで「あ、この感覚が幸福なんだな」っておもう瞬間があったんだ。
音楽に、そういう力があることを知ったアルバムです。このアルバムは。

でも力があるっていっても、ほんとに優しくて、でもとっても強さもあるアルバムです。
でもエリック・クラプトンって、この境地になるまで、ほんとに不幸ばっかりなんだ。
また、その話は、別のアルバムのときにかくことにする。