
トミー・ボーリン 「PRIVATE EYES」
トミー・ボーリンのセカンドソロアルバムにして、1976年12月に他界した彼の最後のアルバム。
トミーボーリンは1951年8月1日にアメリカのアイオワ州で生まれている。そしてハイスクール時代からバンドを組んで、1973年に当時フュージョン界の大御所「マハビシュヌ・オーケストラ」のドラマー、ビリー・コブハムのソロ「スペクトラム」に参加している。この時22歳!!まさに天才の演奏がこのアルバムでは聴ける。シンセサイザーのヤン・ハマーとのソロの掛け合いなどは、後のジェフ・ベックがまんまパクッている。そしてその後に、ジョー・ウォルシュがイーグルスに参加した後釜にジェイムス・ギャングに参加。
ジャズ、フュージョンだけでなくロックンローラーとしての面もつくりあげていった。
その後、ファーストアルバムにしてロック名盤の一つとなた「TEASER」を発表して、何とリッチー・ブラックモアの後釜として、第4期ディープ・パープルに参加して「Come Taste The Band」を発表する。これが1975年の春ごろで、私もこの記事を覚えている。メンバーの真ん中で足を組んで、少し東洋的な】顔立ちで余裕見せてる青年がトミーボーリンだった。
ただ、残念ながらディープ・パープルへの参加はトミー・ボーリンの知名度を飛躍的に伸ばす事にはなったが、パープルのギタリストに求められてリッチーブラックモアの幻影を彼は演じなかった。パープルの中にファンクの要素、少し黒っぽいリズムを導入した。そしてそれが、旧来のパープルファンから敬遠されたのだ。
また1975年12月の来日時には左手を負傷していたため、曲のリフは弾けたが、ソロはほとんど弾けなかったこともあり、日本のファンの間では長い間「ド下手」なギタリスト扱いだった。
しかし、このアルバムでも聞ける通り、トミー・ボーリンというギタリストは実に才気に溢れたギタリストだ。なによりも独特にリズム感で曲に絡んだソロを弾くことが出来る。1曲目の「BUSTIN’ OUT for Rosy」のエンディングでのソロなど、決して速くはないのだが、すごいスリルを感じてしまう。
また「Post Toastee」のカッコイイリフと、スペイシーなソロ、転調部分のスリリングさはまさに、ロックの天才の作り賜った時間だ。また、音楽の多彩さや、曲のライテクングの素晴らしさもトミー・ボーリンの大きな魅力だ。アコースティックにボサノバ調の「Gypsy Soul」や、泣きたくなるくらい美しく儚いバラード「Hello Again」などを聞けば、ギタリストのテクニック自慢のエゴ丸出しのソロアルバムとは、まったく違うものであることは、すぐ分かるはずだ、70年代の半ばに、90年代に始まった「ファンク・メタル」というジャンルをすでにやろうとしていたギタリスト、それがトミー・ボーリンだったのだ。